2005-11-18 墨書土器 [立野遺跡発掘調査]
一昨日紹介した、小鍛冶炉跡の確認された第8号住居の跡カマド脇から出土した須恵器(2枚重ねの上)に、墨書が確認されました。9世紀後半に属する須恵器で、「大家」と読めます。「大家」とは、役所的な名称と考えられており、国衙・郡衙・駅などの役所から良く見つかっています。いくつもの建物がある中で、特定の建物・施設を指すと考えられています。
これと同字の墨書土器は、本遺跡から北東に約1km程の距離にある寺内古代寺院跡からも出土しています。また、本遺跡の東側約800mの場所には、古代男衾郡(おぶすまぐん)の式内社(延喜式神名帳に記載されている神社)とされる出雲伊波比神社(いずもいわいじんじゃ)が位地しており、その西側には、円面硯を出土した岩比田遺跡も位置しています。何やら、男衾郡の役所的な性格の匂いがする本遺跡周辺です。
古墳の調査が終わり、中世の遺構も一段落したと思ったら、今度は平安時代です。なかなか気が抜けません。
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